走れメロスから他者信頼を考える

人を信じることは、簡単なようでいて実はとても難しいものです。裏切られた経験や傷ついた体験が重なると、人は他者との関係そのものに慎重になっていきます。
訪問で関わる利用者の方にも、人を信じられない苦しさや孤独感を抱えている方は少なくありません。
信じると一括りにしても、信頼と信用は異なります。信頼は無条件に相手を信じることであり、何らかの裏付けに担保されるのが信用です。人と人が関係を結ぶとき、最初に必要になるのは、多くの場合この信頼のほうです。
他者への信頼が弱まると、人はつい相手を疑ってしまい、世界を危険なものとして感じやすくなります。傷つかないために人との距離を取ることで、不信が孤独を生み、その孤独がさらに不信を強めるという悪循環に陥っていきます。
この苦しさをわかりやすく示しているのが、太宰治の走れメロスに登場する王です。王は人を信じられず、裏切られる前に相手を排除しようとします。その結果、誰とも本当の関係を築けず、深い孤独の中に閉じ込められていました。町人が王は変わってしまったと語るように、もともとは違う人柄だった可能性もあります。
そんな王ですが、人間味のあるメロスが友の信頼に報いるべく行動したことで、最後には不信を揺さぶられました。
王が信頼を試したメロスは、決して完璧な人間ではありませんでした。妹の結婚準備のために町へ来たのに目的を忘れて衝動的に王宮へ向かったり、自分の都合で結婚式を早めてほしいと頼んだり、友を身代わりに立たせたり、身勝手さや未熟さも描かれています。走る途中でも迷い、諦めかけ、弱音を吐きます。
つまり信頼は、正しさや完璧さによってのみ生まれるものではなく、安心できる関係の中で少しずつ育っていくものなのかもしれません。もし安心できない、信頼できる他者がいないと苦しんでいる方がおられれば、まずはご相談からお待ちしています。私たちも寄せていただいた信頼に精一杯応えていければと思います。
セノーテ訪問看護福岡東ステーション
寺中祐人